江川太郎左衛門英龍と三島

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野毛山節と農兵節

野毛山節の起源を考える

野毛山節の曲は下記のノーエ節にそっくりで元祖と言われていますが、その真意は別にして、歌詞の内容の方が私には興味がある。
圧倒的に下記の野毛山節と称されているものは、1から5までの歌詞の構成が尻取りのように丸く繋がっていないし、使われている用語も異人館・赤いズボン・蒸気船・太い煙突・秋の演習・白黒二軍・鉄砲かついでと新しい用語が多用されているのが不思議だ。江川太郎左衛門はペルー来航以前に農兵を訓練し始めている。歌詞の内容と知名度は「農兵節」の方が群を抜いており、下記の歌詞より文久年間の作品と謂える確証はどこにも無い。

『ノーエ節』 文久年間
(代官山節または野毛山節ともいわれる)

1. 代官山からノーエ
代官山からノーエ
代官サイサイ
山から異人館をみれば
ラシャメンと二人でノーエ
ラシャメンと二人でノーエ
ラシャメンサイサイ
抱えて 赤いズボン

2. 代官山からノーエ
代官山からノーエ
代官サイサイ
山から蒸気船をみれば
太い煙突ノーエ
黒い煙りがノーエ
黒いサイサイ
煙りが 横に出てる

3. 秋の演習はノーエ
秋の演習はノーエ
秋のサイサイ
演習は白黒二軍
白黒二軍はノーエ
白黒二軍はノーエ
白黒 サイサイ
二軍は 演習が終わる

4. 野毛の山からノーエ
野毛の山からノーエ
野毛のサイサイ
山から異人館を見れば
鉄砲かついでノーエ
鉄砲かついでノーエ
お鉄砲 サイサイ
かついで 小隊進め

5. オッピキ ヒャラリコ ノーエ
オッピキ ヒャラリコ ノーエ
オッピキ サイサイ
ヒャラリコ 小隊進め
チーチー ガタガッテ ノーエ
チーチー ガタガッテ ノーエ
チーチーガ サイサイ
ガタガッテ 小隊進め

・・・歌詞が違うと「農兵節」とは全く違った感じとなり、歌詞の内容は江川太郎左衛門英龍の時代より後の時代背景が描かれ、蒸気船・秋の演習・異人館・白黒二軍などの言葉からも明治以降の作品と推察される。
なぜ、どのような理由で野毛山節が農兵節の元祖と主張しているのか、文久年間の作品とされるが、
その根拠をお聞きしたいところである。


農兵節と農兵

江川太郎左衛門の家臣、柏木総蔵が長崎よりの土産として持ち帰ったという「ノーエ節」に歌詞を付けた「農兵節」は、
富士の白雪ゃノーエ富士の白雪ゃノーエ
富士のサイサイ白雪ゃ朝日でとける
で始まる、およそ後世の軍歌とは程遠い、長閑洒脱な内容である。
これに続く、
三島女郎衆はノーエ三島女郎衆はノーエ
三島サイサイ女郎衆はお化粧が長い
に至っては、教練の最中よりも、宴会や遊郭の中で歌われた方がふさわしいような内容である。

韮山代官所の膝元にあたる金谷村の農民の一部は、かねてから洋式の鉄砲などを用いた訓練を受けていた。

安政元年(1854)のペリー再来航の際、アメリカ側との交渉の一端を担った英龍は、交渉にあたって代官所の手代らと共に金谷村の農民からなる一隊を鉄砲隊として随伴している。

それまで農民は身分制度に縛られ帯刀は許されなかった。それがお代官様から西欧式の鉄砲を渡され射撃訓練しろと言われたら、男子たるもの乱舞喝采したことだろう。

最先端の訓練で腕を磨き三島農兵隊の一員たる誇りを感じた彼らは武士以上の実力と革新性を自覚し、訓練に自ずから没頭した筈で、訓練は苦役では無かった筈だ。
その後、全国に農兵制度を採用する諸藩が続出するが、三島農兵の技量は他の追随を許さなかったと言われている。

大砲までも作ってしまう江川太郎左衛門の門下にいるだけでも大きな誇り、陣笠・陣羽織の装束を着装して行進するに至っては男子の本懐、学問や鉄砲に全く縁の無かった田舎の青年が、打って変わって自発的に学問や訓練に打ち込んだに違いない。

そんな革新的寵児に生まれ変わった青年達に相応しい行進曲は今まで聞いたことの無い曲で洒脱な歌詞が必要だった。やがて農兵節は歌謡曲の祖と言われることになる。

余談になるが、「気をつけ」・「前にならえ」・「右むけ右」・「回れ右」といった団体教練の掛け声も三島農兵訓練が起源とされ、平成の現代でも使われている。

韮山塾と農兵訓練生の弟子たちが大正時代に入り国軍上層部を席巻するに及び、大正8年野戦重砲兵第2連隊(銀杏並木東側)が、大正9年には同第3連隊(銀杏並木西側)がそれぞれ横須賀から三島に移転し景気・文化・血の交流にインパクトを与えている。

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